2022.03.30 [wed]
悠久の歴史と麗しさ「ベネチアングラスの魅力」
1000年以上の歴史を持ち、今なお職人一人ひとりの手作業で作られる「ベネチアングラス(ムラーノグラス)」。
日本でもとても有名で「メイド・イン・イタリー」を代表する製品のひとつです。
その溢れる魅力について、歴史を紐解きながらご紹介いたします。
この記事の目次:クリックで見出しに移動
1.ベネチアとは
2.ベネチアングラス(ムラーノグラス)とは
3.ベネチアングラスの製造
①第一段階
②第二段階
4.模造品に注意!
5.ベネチアングラスの歴史
1. ベネチアとは
まずはベネチア(ヴェネツィア)について簡単に触れておきましょう。
イタリアのヴェネト州北東部の州都で、「水の都」「アドリア海の女王」という別名もあります。
日本ではベニス(ヴェニス)とも呼ばれていますよね。
ベネチアは5世紀にアドリア海の湾にできた潟(ラグーナ)の上に建てられ、
118もの島々からなり、運河が島の縦横に走っています。
筆者もベネチアに行った際は、ホテルまでスーツケースを持って移動するのが大変でした。
というのも、島内には400に及ぶ橋があるため、必然的に街の中はすべて徒歩か船で移動するからです。
でも一度訪れれば、きっとあなたも魅了されるはず。
ゴンドラからの景色、サン・マルコ広場の荘厳な美しさ、
まるで中世の世界にタイムスリップしたような「カーニバル」。
世界中から観光客が訪れる理由がここにはあります。
中世には「ヴェネツィア共和国」が海上交易で東西の商業の一大中心地となり、
政治・経済・軍事・学問・文化などあらゆる面で発展を遂げました。
1987年には「ヴェネツィアとその潟」という登録名でユネスコの世界遺産として登録。
文化遺産登録基準のすべての項目を満たしている、人類史上とても貴重な街なのです。
2. ベネチアングラス(ムラーノグラス)とは
出典:Wikipedia『ヴェネタ潟内の位置関係』
中世の時代、ムラーノ島の職人たちは、
シリアから入ってきたガラスの製造を自分たちのアイデアとセンスで発展させていきました。
現在もムラーノ島を訪れると、ガラス博物館や中世から続く老舗の工房を巡ることができます。
ベネチアンガラスの製品は、芸術品であるガラスアートやシャンデリアから、
日用品である置物、花瓶、ワインストッパーに至るまで、多種多様に存在します。
また、すべてが職人による手作業で製造されているので、一つひとつがオンリーワンです。
筆者も現地で、花模様が施されている腕時計を買いました。
日本に持ち帰ってもう10年以上経ってしまいましたが、
国内ではどこのお店に行っても同じものは見当たらないので、とても気に入っています。
3.ベネチアンガラスの製造
原材料は採石場から採れる珪砂・ソーダ石灰などの化合物を使用します。
可鍛性・溶けやすさ・長い加工時間を必要とするので、ソーダを強く含むことが特徴的です。
そして金属酸化物である着色剤や、酸化物による緑色の着色を中和する脱色剤などを加えます。
これによって様々な色調を作り出すことができます。
さらに、ガラス製品のレシピは工房によって異なり、材料の調合から技法までオリジナルなのです。
ムラーノガラスが「真のアート」と言われる理由が納得できますよね。
①第一段階
調合レシピによって混合されたガラスを、ミキサーで均質に粉砕します。
加工前日に、高温に耐えられる耐火物で作られた楕円形や円形の「るつぼ」に、
混合物を流し込みます。炉の温度を段々と上げていき、一晩中溶解作業が続きます。
ガラスの塊を高温で溶かすことで、気泡などの不純物を取り除くことができます。
その後、温度を下げ混合物を均質にします。
翌日朝、確認テストが行われ、その混合物をマエストロ(熟練の職人)が加工することができるようになります。
ローマ時代から続く型吹きガラス法や宙吹き方をはじめ、製造には様々な技法がありますが、
代表的なものを次にいくつかご紹介いたします。
ラッティモ(乳白ガラス) Lattimo
明朝の磁器を模して、16世紀半ばに発明されました。ムラーノ島で初めて作られた不透明なガラス(スズと鉛石灰で加工する)です。上品ながらも温かみのある雰囲気が素敵ですよね。
出典:VENINI-『ANNI TRENTA』
クリスタル Cristallo
15世紀半ば、ムラーノ島の人々が開発した純度の高い無色のガラスは、歴史上初めてクリスタルと呼ばれ、ムラーノガラスの中で最も貴重なものとされてきました。その後ヨーロッパの他の国でも再現されるようになりました。現在も一流ホテルや公的機関などにクリスタルガラスの特注シャンデリアが飾られており、その壮観な佇まいは言葉を失うほどの美しさです。
出典:VENINI-『DOGE』
レティチェッロ(レースガラス) Reticello
16世紀前半に発明された熱装飾の技法です。
別名でフィリグラーナFiligranaとも呼ばれます。「ムラーノグラス」と言えば、このレティチェッロをイメージされる方も多いのではないでしょうか。ラッティモや色のついたガラスを糸のように滑らかな棒状にし、何本も交差させて加工していきます。「クリスタルを繊細なレースに包んでいる」というイメージを具体化しています。
出典:箱根ガラスの森美術館
『レース・グラス蓋付ゴブレット』
アヴェントゥリーナ Avventurina
ガラスの塊の中に銅線を巻き込む技法で、17世紀前半に発明されました。
融解が完了した後、金属銅が分離し出てくるまで、鉄粉、金属ケイ素、炭素などの原材料を適量ずつ加えます。銅の結晶の分布が均質であることが重要です。ガラス製品や金属細工(ジュエリー、家具)の引き立て役として、平面や中空面に厚みのある装飾としてよく使用されます。まるで、星屑が空から落ちてきて閉じ込められたような輝きだと思いませんか?
出典:WIKIMEDIA COMONS
『Murano Glass Museum 27022015 Avventurina 02』
ソンメルソ Sommerso
ムラーノ島のガラス工芸のひとつで、対照的な色の層を表現します。この技法では、厚い吹きガラスを、同じ厚さの別の色の透明ガラスが入ったるつぼに浸します。それにより、特殊な色彩効果を得ることができます。20世紀前半に発明された技法で、よく花器や彫刻に使われます。写真の製品はシックな趣ですが、鮮やかな色同士を掛け合わせるなど、色の組み合わせは様々です。洋・和風どちらのインテリアにも合わせやすいのではないでしょうか。
出典:ITALIA DESIGN
VENINI-『PALPITO』
②第二段階
実際にガラスを加工・形成し、オブジェに変える作業に入ります。
この第二段階がベネチアンガラスの芸術的な部分で、貴重な作品を生み出すことにつながります。
装飾、彫刻、研磨といった「コールドワーク」の工程もこの段階の一部です。
こちらもたくさんの技法がありますが、いくつかご紹介いたします。
エナメル装飾 Decorato a smalto
シリアなどイスラム圏で生まれ、13世紀末ベネチアに伝わり、ルネサンス期に大流行しました。ガラスの粉末を細かく砕いて得た着色剤を刷毛でガラスの表面に塗布し、植物や抽象的な絵などが描かれ、その後低温の炉に入れて焼きつけられます。繊細な装飾が見事で本当に美しいですよね。現在でもこのテクニックを再現するのは難しいのではないでしょうか。
出典:Linea Italia GIOIELLI
ムラーノ・ガラス美術館『婚礼の杯』
ムリーナ(モザイクガラス) Murrina
ローマ時代にすでに存在した最古の装飾技法のひとつで、19世紀初期に復興されました。溶けたガラスの芯にさまざまな色のガラスを重ね、加熱して棒状に伸ばします。ガラスが適度に柔らかくなったら長い棒状になるまで引っ張ります。冷ましてから小さな円盤状にカットすると、金太郎飴のように描かれた絵を確認することができます。
出典:Giusy Moretti-LUXRY DESIGN
『Murrina』
ミッレフィオーリ Millefiori
イタリア語に直訳すると「千の花」を意味します。写真は花の形をしたムリーナをモザイク状にいくつも配置し、透明なガラスでコーティングしたもので、アクセサリーなどに加工されます。他にも食器や壺まで多くの製品があります。15世紀頃までムラーノ島がこの技法で世界をリードしていましたが、一時期途絶え、19世紀になると再生産されるようになりました。こちらは鮮やかで可愛らしい雰囲気がありますが、組み合わせるムリーナによって印象ががらっと変わります。
出典:WIKIMEDIA COMONS『Millefiori technique』
カルチェドーニオ(カルセドニー) calcedonio
15世紀後半に発明されましたが、その後ムラーノではこの技法が途絶え19世紀末に復活を遂げました。メノウ、カルセドニー、オニキス、マラカイト、ラピスラズリなどの石を模して、異なる種類のガラスを混ぜ合わせて作られたガラスです。このガラスの調合が複雑で難しいとのこと。マーブル模様がとても華やかですよね。
ギアッチョ(アイスガラス) Ghiaccio
16世紀に発明されました。吹き口に取り付けた白熱ガラスをバケツの水に浸けて装飾する技法です。あえて熱衝撃によりヒビを入れて、ガラスの表面が割れた氷のように見える装飾を施します。その後、窯の中で静かに加熱し冷めたところで、ガラス彫刻家によって研磨にかけられます。ガラスの持つ透明感や爽やかな表情を楽しめる製品です。
出典:WIKIMEDIA COMONS
『Murano Glass Museum vetro ghiaccio 27022015 07』
4.模造品に注意!
近年は海外製の模造品が多く出回っており、真贋を見分けるのが難しいと言われています。
製品を見分ける目安として一つご紹介したいのは、
「ムラーノ・アーティスティック・グラス®の商標(Vetro Artistico® Murano)」です。
このステッカーがついている製品は、職人組合であるプロモヴェトロ協会(Consorzio Promovetro)が認可したもので、ムラーノ島内で伝統的技法に従って作成されたものです。
しかし協会に認可を受けることは義務ではないので、
実際にプロモヴェトロ協会の会員である企業は限られています。
したがって、ご購入される際は製品情報をよくお確かめください。
ネットで購入される場合もブランドや工房を事前に調べた上で、
正規品を取り扱っている店舗で購入されることをおすすめいたします。
〈製品を見るポイント〉
・手作業で加工された跡を確認できる。
(例)製品の底に「ポンテ」と呼ばれる金属棒を外したカットした跡がある。
(例)セットで販売しているワイングラスのようなアイテムでも、色合いや重さ・気泡の入り方が若干異なる。
・製品によっては、「証明書」や製作者のサインが入っている。
・花瓶などの大きい製品でも軽い(安価な原料で作っていない)。
筆者が学生時代ベネチアに訪れた時も、ガラス製品を扱う店舗を巡りましたが、
当時ガラスに関する知識や教養がなかった素人でも、一流品は質・美しさにおいて圧倒的な差を見て取ることができました。
もちろん、お値段は目を見張るようなものもありますが、いつかとっておきの一品を手に入れたいものです。
5.ベネチアングラスの歴史
ベネチアングラスは中世に発展し黄金期を迎えます。
以下にこれまでの歴史について簡単にまとめました。
古代メソポタミアでガラスが誕生、ローマ時代には吹きガラス製造が行われていた
〇トルチェッロ島(ヴェネチア本島の近く)で、
7〜8世紀のものともいわれるガラス工房跡が発見されている。
〇ヴェネチアングラスに関する最も古い記録は982年。
〇697年に「ヴェネチア共和国」が誕生すると、地中海貿易により東欧やアジアとの交易が活発に。
当時、ガラスの製造はペルシャで栄えていたが、ヴェネチアは自国で生産して利益を得られないかと考え、
他の地域から良質な原料を輸入し国内で生産に着手することになる。
13世紀~14世紀 ヴェネチアが東西貿易の中心地に、ガラスはムラーノ島だけで製造するように
〇1204年 十字軍により東ローマ帝国のコンスタンティノープルが陥落、高品質で安価な原料や燃料の調達が可能になり、ガラス職人たちもヴェネチアへ移される。
〇1291年 ガラス職人とその家族はすべてムラーノ島に強制的に移住させられる。工房からの出火防止の目的や、他地域への技術の流出を防ぐため。この頃より、政府がガラス製造産業へ直接的に介入・保護していく。
15世紀~16世紀 栄華を極めたルネサンス期、芸術・美的な目的での製造
〇様々な技法や加工が発展する(詳細は「2.ヴェネチアンガラスの特徴と美しさ」を参照)。
〇ヨーロッパの最高社会階級(ローマ法王や王、宮廷の貴族)の間で需要が高まる。
15世紀後半には極めて透明度が高い「クリスタル」が発明され、表面にエナメルや金箔を使った点描画が作られるようになる。これらの装飾を施されたガラスを持つことが当時の貴族たちのひとつの社会的ステータスとなる。
17世紀〜18世紀 他国の興隆と技術の流出、シャンデリアや鏡が成功を収める
〇ボヘミアの(チェコ)やイギリスのクリスタルガラスが発展し刺激された結果、18世紀にはムラーノのガラスは高い生産量を記録する。
〇数々の職人がムラノ島から逃亡、フランスを中心に技術が流出する。
〇1797年ナポレオンとの戦いに敗れ、ヴェネチア共和国が消滅する。
19世紀~20世紀以降 衰退の危機と復興運動
〇1806年ナポレオンがギルドを廃止、ガラス職人は保護を受けられず、さらに他国との競争にさらされたため産業と雇用の危機を迎える。
〇工業生産が始まり、ムラーノでは鏡の生産を中止する。
〇二度の世界大戦と経済不況により厳しい状況に。
〇19世紀後半、ガラス技術が再評価され工芸の復興が行われる。変革を遂げたガラス工房では、現在も使われている技術が開発され、現代ガラスやデザイナーズガラスが生まれる。
***
いかがでしたでしょうか。
ベネチアングラスは、悠久の歴史と美しさを併せ持った芸術品です。
現在はアクセサリーなど日常使いできるものから、花瓶やオブジェなど空間に洗練された雰囲気を作ることができるものまで、たくさんの製品が存在します。
ガラス製品のデザインから完成まで、それぞれにストーリーがあります。
職人の魂がこもった唯一無二の一品は、きっとあなたの心を豊かにしてくれることでしょう。
繊細で麗しい佇まいに、ぜひ触れてみてはいかがでしょうか。
〈参考文献〉
・コルフェライ・ルカ(2001)『図説ヴェネツィア―「水の都」歴史散歩』中山悦子訳 河出書房新社
・作花済夫(2004)『今日からモノ知りシリーズーとことんやさしいガラスの本』日刊工業新聞社