2022.12.12 [mon]

イタリアが誇る陶器「マヨリカ焼き」の魅力

数ある陶器の中でも、鮮やかな色彩が美しい「マヨリカ(マヨルカ・マジョルカ)焼き」はイタリアを代表する陶器です。

イタリアの長い歴史の中でも、ルネサンス時代に最盛期を迎え、現在でも食器などの日用品から、アート作品までさまざまなものが製作されています。

一口にマヨリカ焼きといっても、実はイタリアの各地域によって風合いが違い、個性があります。

この記事ではマヨリカ焼きをぐっと掘り下げて、その魅力を存分にご紹介いたします。


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1. マヨリカ焼きとは?

マヨリカ焼きとは、イタリアで製造された錫釉陶器のことを指します。

素焼きのテラコッタに白い錫釉をかけ、1000℃に近い低温で焼成され、顔料で絵付けが行われます。

焼成後は、顔料が水彩画のように美しく発色します(詳しい製造工程はこちら)。

歴史を遡ると、イタリアでは先史時代より陶器の製造を行っていました。

しかし、8世紀以降イスラム勢力がイベリア半島、そして9世紀以降シチリア島へ進出したことにより、彼らの陶器製造技術スペインへ、さらにイタリア各地に伝播し、独自の発展を遂げました。

シチリア島などの南イタリアをはじめ、中部のトスカーナ州やウンブリア州、北東部のエミリア=ロマーニャ州では、早くからマヨリカ焼きの製造が行われ、ルネサンスが始まった15〜16世紀に最盛期を迎えたのです。

ちなみにマヨリカの語源は、スペインの「マヨルカ島」が由来だといわれています。
一方で、スペイン語で「マラガの製品の」という意味の「オブラ・デ・マレーガ」が転じたという説の方が有力だとも考えられています。

2021年、あるアメリカの大手メディアの記事では、最近発見された16世紀の1枚のマヨリカ焼きが、なんと1億9000万円で落札されたと報道していました。

このように、マヨリカ焼きも国宝級のものから一般家庭で使用できるものまで、幅広い価値があるということがいえます。

マヨリカのボウル、ピサ、13世紀前半、サンマッテオ国立美術館
マヨリカの水差し、オルヴィエート(推定)、15世紀、メトロポリタン美術館

2. マヨリカ焼きのデザインの変遷

ナポリ(推定)の薬壺、イスラム・スペインの影響がみられる、1470年~90年、メトロポリタン美術館
二コラ・ダ・ウルビーノ作、「アポロンの物語」、「イストリアート」というジャンル、1525年頃、大英博物館

マヨリカ焼きのデザインは多岐にわたり、地域によって個性があります。

イスラムやスペインの影響が残る地域は、青・緑・黄だけなど色の使用が限定されており、幾何学模様や食べ物、植物をモチーフにしたものが多く描かれています。

一方で多色を用い、「イストリアート(説話画)」といわれる神話や聖書を題材にした製品もあります。

このような装飾はイタリア独自の特徴ということができ、ルネサンス時代である15世紀以降に好まれました。

やがて、マヨリカ焼きは日用品の枠を超えて、絵画や彫刻などと同じ芸術品として扱われるようになり、裕福な貴族は自ら開窯し優れた職人のパトロンとなりました。

16世紀以降、ファエンツァのマヨリカ焼きがオランダをはじめ、ヨーロッパ各地へ広まります。

17世紀以降は東洋の磁器の人気が高まり、18世紀にはついにドイツのマイセンでヨーロッパ初の白磁が発明され、イタリアでも陶磁器の生産が進みました。

リチャード・ジノリが創立されたのも1735年のことです。

マヨリカ焼きも、磁器の影響を受けて、技術の向上やデザインの変化が進みました。

たとえば低温で3度の焼成を行い、耐性を高めることに成功します。

陶器のデザインは、18世紀中ごろから古代ギリシャ・ローマを理想とした「新古典主義」、19世紀末以降は曲線や動植物を多用した「アール・ヌーヴォー」、20世紀以降は「アール・デコ」へ時代の流れとともに変化していきました。

現在も、陶器産業が続く地域では伝統的なマヨリカ焼きが作られているとともに、新たなクリエーターやブランドがモダンな製品を生み出しています。

イタリア産の皿、19世紀(推定)、メトロポリタン美術館
ウリッセ・カンタガリ作、皿、20世紀、メトロポリタン美術館

3. マヨリカ焼きの主な生産地とその特徴

ここからは、代表的なマヨリカ焼きの生産地と特徴をご紹介します。

イタリアのマヨリカ焼きの生産は、各地に分布していますが、とりわけ生産が盛んなのは中部イタリアです。
「ウチの地元が紹介されてないよ!」とイタリア人から文句を言われそうですが、ご了承いただけると幸いです(笑)。

あなたはどの地域のものがお好みでしょうか?

装飾花瓶、ファエンツァ、1550年頃、国際陶磁器博物館

ファエンツァ (エミリア=ロマーニャ州)

ラヴェンナ県ファエンツァの街にある「ポポロ広場」
「ビアンコ・ディ・ファエンァ」

ファエンツァは、イタリア最大級の陶器の街です。

陶器製造の歴史は1世紀ごろから行われ、エミリア街道の要衝ということもあり、12世紀以降はさらに大きく発展しました。

1979年より、美濃焼の生産地である土岐市と姉妹提携を結び、文化交流が行われています。

ファエンツァの陶器には、形・装飾ともに非常に豊かな種類があります。

その中でも、青や灰青色をベースに白や多彩色で模様を描いた「ベレッティーノ」や、白い陶土を使った「ビアンコ・ディ・ファエンツァ」は典型的な製品です。

中国の白磁のような美しさにもかかわらず、安価に手に入れることができたため、16世紀ごろからイタリアを越えて、ヨーロッパ各地でも人気を博しました。

現在もアルプス以北でマヨリカのことを「ファイアンス」と呼んでいるのは、この製品に由来します。

「ベレッティーノ」、ストロッツィ家・リドルフィ家の紋章入り皿、1525年、メトロポリタン美術館
「ビアンコ・ディ・ファエンツァ」
シラルディ家とスパーダ家の結婚式のオブジェとして製造された。1636年、国際陶磁器博物館

街で開催される「国際陶磁器博物館(MIC)」は世界最大のコレクションを誇り、1938年より「国際陶芸展(コンクール)」が開催されています。

陶磁器好きの方には、まずこの街を旅行されることをおすすめします。

聞くところによると、海外から訪れた陶芸作家の方でも、この地を気に入って移住されることがあるそうです。

現地を訪れた際は、エミリア=ロマーニャの豊かな食文化を楽しむとともに、マヨリカ焼きが溢れる街並みをゆっくりと散策するのもいいかもしれませんね。

デルータ、グッビオ (ウンブリア州)

ペルージャ県にあるデルータ
ペルージャ県にあるグッビオ

15世紀後半頃には、デルータで「ラスター彩」が生産されていたといわれています。

金のように煌めくこの製品は、銀や銅などの金属酸化物を混ぜた顔料で絵付けを施し、低温で焼成することにより作られます。

もともとイスラムやスペインから伝わった技法で、多くの知識と高い技術が必要だったとのこと。

このラスター彩は、富や権力を象徴する華やかさから、当時のヨーロッパでも一級品として扱われました。

デルータの影響を受けて、近郊のグッビオでもラスター彩の製造が行われました。

グッビオの製品の特長は、やや赤みをおびた赤銅色を使用しているところです。

両者ともに共通しているのは、美しい女性を描いた飾り皿が多く、特定の名前や詩文が加えられている点です。

スペインのラスター彩も同じ技法・色で描いていますが、このような人物画を描くのはやはりイタリアの特徴だといえます。

というのも、イスラム帝国が支配していた時代のスペインでは、偶像崇拝が禁止されているため、芸術作品に人間の姿が描かれることはなかったからです。

ちなみに、「マヨリカ」という言葉は、当時ラスター彩のみを指し、他の錫釉陶器は「ビアンキ(白)」と区別して呼ばれていたことが文献に残っています。

デルータのラスター彩、ピエトロ・ペルジーノ作(推定)「ベッラドンナ」、1500~1520年、大英博物館
グッビオのラスター彩、ジョルジョ・アンドレオーリ作「マグダラのマリア」、16世紀中頃、グッビオ市立博物館

フィレンツェ (トスカーナ州)

フィレンツェでは、13世紀後半にはすでにマヨリカ焼きを盛んに製造していました。

当初はスペインの陶器と似たようなものでしたが、フィレンツェ独特のデザインへと変化していきました。

15世紀には白地に深みのある青で絵付けされたものが好まれ、とくに、薬壺を目的にした需要があったといわれています。

陶器の表面から盛り上がるくらい、厚く塗られていることから、「厚塗りの藍彩(らんさい)」と呼ばれています。

しかし、15世紀後半にはマヨリカ焼きの生産数が減少しました。

焼成のための森林伐採が続き、ついにはフィレンツェ内で作ることが難しくなったためです。

その結果、フィレンツェ周辺の地域で新たに開窯する動きがみられました。

たとえばトスカーナの君主であったメディチ家は、フィレンツェの北方にあるカファッジョーロの別荘に窯を開き、絵画性の強い、優れたマヨリカを製作しました。

獅子頭付き両手壺、フィレンツェもしくはその近郊、15世紀初頭、メトロポリタン美術館
薬壺、15世紀、メトロポリタン美術館
カファッジョーロの皿、ヤーコポ作、1510年頃、ヴィクトリア&アルバート博物館

モンテルーポ・フィオレンティーノ (トスカーナ州)

モンテルーポ・フィオレンティーノにある「陶器博物館」
洗面器、装飾に使用されている赤い顔料の組成は現在でも謎に包まれている。1509年、モンテルーポ陶器博物館

フィレンツェ市の郊外にあるモンテルーポ・フィオレンティーノは、13世紀より陶器の製造が始まり、この街で修業した職人がイタリア各地へ移り、技術を伝えました。

この街のマヨリカ焼きを大きく分けると、兵士などの人物・動物を素朴に描いているものと、スペインのラスター彩の影響が残る華やかなものがみられます。

現在フィレンツェで販売されている陶器のほとんどは、このモンテルーポで製造されているといわれるほど、陶器の製造が盛んです。

たとえば、ビトッシチェラミケなどの老舗の工房はもちろん、気鋭の若手クリエイターまで、多くの職人が腕を競っています。

アルレッキーノを描いた皿、17世紀、国際陶磁器博物館
フィンガーボウル、1500~1510年、メトロポリタン美術館

ウルバーニア、ウルビーノ (マルケ州)

ペーザロ・エ・ウルビーノ県にあるウルバーニア
ペーザロ・エ・ウルビーノ県にあるウルビーノ

ウルバーニア(かつてはカステル・ドゥランテという地名)とウルビーノは、中世・ルネサンス期に非常に栄えました。

ラファエロの絵画の影響を受けたラファレスク装飾(グロテスク文様)はこの地域で生まれ、陶工は繊細な色使いで空想上の人物や生き物を描いています。

陶画家ニコラ・ダ・ウルビーノは、ラファエロと同様にウルビーノ出身で、ルネッサンス様式を巧みに作風に取り入れました。

ジョヴァンニ・マリア・ヴァサーロ作、ユリウスII世への献辞入りボウル、1508年、メトロポリタン美術館
ニコラ・ダ・ウルビーノ作、大皿:1521年、教皇レオ10世がマントヴァ侯爵フェデリーゴ2世ゴンザーガに教会総監督を任命した時の様子、1525~30年、メトロポリタン美術館

ヴィエトリ・スル・マーレ (カンパニア州)

サレルノ県にあるヴィエトリ・スル・マーレ

ヴィエトリ・スル・マーレは、アマルフィ海岸沿いにある小さな陶器の街です。

街の周辺は良質な土が採れることから、紀元前6〜5世紀にはすでに陶器の製造が始められていました。

20世紀初頭より、ドイツ人などをはじめとする外国人がこの街に移り住み、陶器産業に新たな風を吹き込みました。

その影響を受けて、ヴィエトリのマヨリカ焼きはレモンや魚、ロバなどをモチーフにしたシンプルで可愛らしいデザインが特徴となっています。

街の中は、教会のドームや家々の壁画、ベンチなど、ありとあらゆる場所に陶器が溢れていて、目を喜ばせてくれます。

高台から海岸まで続く「ヴィッラ・コムナーレ」は、階段や壁がタイルで彩られていて、美しい地中海を眺めながら歩くことができます。

街にはマヨリカ焼きの工房が多く立ち並ぶ
ヴィエトリのマヨリカ焼き、牧歌的で温かみがある

カルタジローネ  (シチリア島)

カターニア県にあるカルタジローネ

シチリア島の中でも、カルタジローネのマヨリカ焼きは最高級といわれています。

カルタジローネにマヨルカ焼きの製法が伝わったのは、シチリア島がイスラム勢力により支配された9〜10世紀の頃といわれています。

しかし、発掘調査によるとそれ以前からこの街では陶器の製造を行っていたことが明らかになっています。

この地域は粘土質が良かったことに加え、焼成に必要な大量の木材を確保できる森が広がっており、16世紀には100を超える工房があったことが資料に残っています。

しかし1603年の大地震により、シチリアの東部都市が崩壊したため、残念ながらこの時期の製品はほとんど現存していません。

やがて陶器産業が回復してくると、新たなデザインが続々と生まれました。

たとえば草木など自然をモチーフにした絵柄や、渦巻き、連続した模様などです。

色彩は鮮やかな青・緑・黄が使われており、この伝統的なデザインは今も受け継がれています。

カルタジローネで製造されるマヨリカ焼き
土産物店にならぶマヨリカ焼き、顔から3本の足が生えているものはシチリア島のシンボル「トリナクリア」

街のシンボルでもある大階段(Scalinata di Santa Maria del Monte)は、下から年代順に142段すべて違ったデザインのタイルで装飾されています。

サンタ・マリア・デル・モンテの大階段

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あなたも「マヨリカ焼きのある生活」を始めてみてはいかがでしょうか?

ご覧いただいたように、マヨリカ焼きの形や絵付けは、産地や工房だけでなく、職人一人ひとりによっても個性が表れます。

筆者は自宅の洗面所にヴィエトリ・スル・マーレのマヨリカ焼きを飾っていますが、毎日南イタリアの明るい雰囲気に癒されています。
食器など、生活に取り入れやすいものから始めてもいいかもしれませんね。

当サイトでは、モンテルーポ・フィオレンティーノにある老舗、ビトッシチェラミケの陶器を取り扱っています。

花瓶(Bitossi×George sowden)
花瓶(Bitossi×Formafantasma)

〈参考文献・サイト〉
・大平雅巳著(2006年).『すぐわかる ヨーロッパ陶磁の見かた』.東京美術
・大平雅巳著(2008年).『カラー版 西洋陶磁入門』.岩波書店
・長谷部楽爾、青柳正規、今井敦、大平秀一、金子賢治、杉村棟、中澤富士雄、西田宏子、前田正明、 弓場紀知著(1999年).『カラー版 世界やきもの史』.美術出版社
国際陶磁器博物館
メトロポリタン美術館

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この記事の著者

アランチャ

イタリア好きのライターです。 15年前に現地を訪れて以来、その魅力に憑りつかれてしまいました。 日本ではあまり知られていない、「ディープなイタリア」を発信します。 夢は、家族でイタリアへ行くこと。 趣味はイタリア語、音楽、映画、レジャーなど。

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