2022.06.25 [sat]
デザインの国イタリアの椅子-特別な一脚で素敵な空間を-
皆さんは「椅子」を選ぶ際に、どのようなこだわりがありますか?
筆者は半年ほど前、新たに子ども用の椅子を購入しました。
しかし、いざ選ぶとなると大変。
「良い姿勢を作る」、「長く使える自然の素材」ということをポイントにして探しましたが、無事購入できたのはいいものの、とても時間と労力がかかりました。
では、「デザインの国」と言われるイタリアでは、人々はどのように椅子(家具)を選んで使っているのでしょうか?
今回はイタリアの「椅子」をテーマに、椅子作りの歴史から、イタリア人とデザインの関係についてご紹介いたします。
この記事の目次:クリックで移動
1.イタリア人に学ぶ「椅子選び」
①そもそもイタリアの「デザイン」とは?
②ものを長く大切に使う精神
③展覧会・デザイン賞からヒントを得る
2.イタリアにおける椅子の歴史
①古代ローマ時代~近世
②1900年~40年代「モダンデザイン」の誕生と戦後の「ネオレアリズム」の到来
③1950年~60年代 デザイン黄金期
④1970年~80年代「ラディカル建築運動」と「ポスト・モダンデザイン」
⑤1990年代以降 「モダン・クラシック」と多様なデザイン
3.まとめ
1. イタリア人に学ぶ「椅子選び」
①そもそもイタリアの「デザイン」とは?
イタリアの「デザイン」と聞いて、皆さんはどんなものを思い浮かべますか?
モダンで洗練されたものでしょうか。
それとも、伝統あるクラシックなアンティーク家具でしょうか。
いずれにしても「デザイナーの価値観が製品に大きく反映されている」ことが、
イタリアのデザインの特徴だと言えます。
その理由は、イタリア社会における「デザイナー」の役割が非常に大きいためです。
デザイナーは何かをデザインする時、人の生活に役立つことはもちろん、
それらを取り囲む生活空間全体を考えて仕事を行います。
つまり、どんなに座り心地が良くて美しい椅子であっても、
使う人の暮らしや環境に馴染んだ存在でないと意味がないということです。
ですから、商業的に「売る」ことをだけを前提にしたデザインは、
人間の生活から本質的に外れていると考えられます。
したがって、デザインそのものが人や自然、生きることの豊かさ・楽しさを表現するものであり、
デザイナーの立場はそういった点において非常に責任があると言われています。
もちろんイタリアにもトレンドはありますが、
それよりもイタリア人は自分の価値観や好みを重視して家づくりを行います。
イタリア人は、椅子一脚にしても、「どこでどのように作られて、なぜ自分はこれを選んだのか・・・」というストーリーまで喜んで語ってくれることでしょう。
②ものを長く大切に使う精神
イタリア人は椅子だけに限らず、家具や食器など物を長く大切に使います。
というのも、イタリアにはどの街にも必ず修理工房があり、
壊れた家具や靴・鞄など使い古した物も、職人が修繕するという文化が昔から続いています。
筆者が学生時代に滞在したサレルノにも、こじんまりとした小さな修理工房がありました。
通学路で必ず工房の前を通っていたのですが、
いかにも職人という風貌の熟練の男性職人が、朝早くから1人で家具を直していました。
ホームステイ先のリビングには年代物の木製の家具が多く、
棚から額縁などに至るまで、代々受け継がれていることが見て取れました。
一方で、生活は日本に住む私たちとさほど変わりはないため、キッチンやダイニングにはモダンな家具があり、見事に新旧のインテリアが調和していました。
イタリアでは家具だけでなく、家そのものも親から子・孫へと引き継がれ、
内装をリフォームしながら住むということも多くみられます。
③展覧会・デザイン賞からヒントを得る
もし皆さんが、椅子(家具)をはじめ住まいやオフィスの空間作りに悩んだ時は、
展覧会や過去の優れたデザイン賞を参考にしてはいかがでしょうか?
◆ミラノサローネ国際家具見本市 Salone del Mobile.Milano
◆コンパッソ・ドーロ(黄金のコンパス)賞 Compasso d’Oro
「コンパッソ・ドーロ賞」とは、1954年にジオ・ポンティの発案により創設された、
世界最高峰の工業デザイン賞です。日本では「ゴールデン・コンパス賞」とも呼ばれています。
イタリア製デザインの品質を評価する最も古く、権威ある賞だと言えるでしょう。
現在は「イタリア工業デザイン協会(ADI)」が主催者で、
生活・移動・材料・サービス・ビジネス研究・批評などあらゆるデザインが対象です。
年間を通して優れた作品がノミネートされ、その中でも大きな評価を得た作品には賞が贈られます。
ADIの公式サイトでは、過去の受賞アーカイブが掲載されています。
また昨年2021年には、「ADIデザインミュージアム」がミラノにオープンし、1954年から受賞されたデザインが展示されているのはもちろん、デザインショップやカフェも併設されています。
つい先日(2022年6月)、2022年の受賞デザインが発表されました(詳細はこちら)。
◆ミラノ・トリエンナーレ La Triennale di Milano
1923年にモンツァで始まった「ミラノ・トリエンナーレ」は、
1933年よりミラノに移り、現在まで数年に1度ずつ開催されています。
デザイン、建築、映像など、様々な芸術活動など、異なる文化や言語を一つの場所と時間で体験することで、
個人の思考方法を拡大し、革新することを目的としています。
展覧会では様々な分野において賞が与えられる他、教育活動、会議、セミナーなど、
80年以上にわたり、文化・社会・経済的な国際交流を行ってきた場所です。
2007年には「トリエンナーレデザインミュージアム」が開館されました。
こちらも公式サイトでは過去のアーカイブを探すことができます。
2. イタリアにおける椅子の歴史
ここからは、イタリアにおける椅子の歴史を振り返ってみましょう。
それぞれの時代の価値観が、デザインに表れていてとても面白いです。
皆さんはどの時代のデザインがお好きでしょうか?
①古代ローマ時代~近世
古代ギリシャ人が生み出した椅子の文化は、古代ローマにも継承されました。
例えば、現在のベッドのような形をした「長椅子」は高価な家具であり、
上流階級では食事の際に3つの長椅子を互いに直角に配置することが慣例でした。
最も普及したものはスツールで、大理石やブロンズ製の椅子は今も残っています。
ローマ帝国崩壊後、事実上椅子のデザイン文化は止まってしまいました。
何度も戦争が繰り返された中世の時代は、一般家庭で家具自体が使われることもありませんでした。
したがって、椅子は司祭や君主など権威がある人だけが使用することができ、
椅子そのものが「権威」を示す存在でした。
ルネサンス期である15・16世紀は、椅子の発展においても重大な時代です。
この頃イタリアは他のヨーロッパ地域に比べても生活水準が高く、様々な文化が発展を遂げました。
スツールに由来した「スガベッロ(sgabello)」という肘掛け椅子(肘掛けがないものも存在した)は、
ルネサンスの典型的なもので、古代建築のモチーフが装飾されました。
これを改良した「シェーズ・ア・ブラ(chaise à bras)」は4本の脚で支えられた椅子で、
より軽量で持ち運びができるようになりました。
贅沢な肘掛椅子は彫刻家によって作られ、16世紀以降フランスやイギリスを中心に国外へ伝わりました。
16世紀末から、イタリアでは華麗な装飾や誇張された表現の「バロック様式」が好まれるようになりました。
さらに18世より、当時のフランスの影響で「ロココ様式」が取り入れられ、
19世紀末まで貴族の間で人気を博しました。
20世紀始めには「アール・ヌーヴォー」の波がデザイン界を活性化させ
(イタリアでは「スティーレ・フロンターレ」や「スティル・リベルティ」と呼ばれた)、
自然や東洋・アラブ・アフリカなど民族的な要素を取り入れた製品が生まれました。
①1900年~40年代「モダンデザイン」の誕生と戦後の「ネオレアリズム」の到来
それまで職人工芸が中心だったモノ作りは、北イタリアを中心に工業化の波が押し寄せました。
建築家やデザイナーは、企業家たちと協力して新しい製品を発表していくようになりました。
1909年には、F.マリネッティが『ル・フィガロ』紙に「未来派宣言」を発表し、
古い社会体制を崩壊させる力を機械に求める「機械美学」が唱えられました。
「革新性」・「大衆性」・「近代主義」など、アーティストが主張した精神は、
当時のファシストのスローガンと一致するものがあり、ムッソリーニは彼らを擁護し、両者は相互補完的に発展していきます。
この時代には合理的で簡潔なデザインが次々と現れ、
1933年には「ミラノ・トリエンナーレ」(国際美術展覧会)の開催が始まりました。
大戦後は、特に映画界において「ネオリアリズム(超現実主義)」の運動が盛んに行われ、
『無防備都市』や『自転車泥棒』など多くの作品が今も評価されています。
住宅の再建と、安価な家具の大量生産が急務だったデザイン界では、
反ファシズムに身を投じた合理主義の建築家たちが、経済性・実用性をともなった製品を生み出すことを主張しました。
②1950年・60年代 デザイン黄金期
戦後の経済復興とともに、新しい造形美術を求める動きが現れるようになり、
当時の社会と呼応するように「機能と美しさが調和した製品」が世に出ていくようになりました。
小規模ながらも前衛的な企業が、戦前から活躍してきたデザイナーと協働し、
国内外にイタリア・デザインを発信していきました。
1954年には、リナシェンテ百貨店が「コンパッソ・ドーロ」賞を設立し、
現在も2年ごとに開催されています。
またこれまで製品に使用してきた素材は木や藁など自然ものであったのに対し、
合成ゴムやプラスチック材、ポリウレタンフォームなど新素材を積極的に採用していきました。
60年代中頃からは、若手デザイナーや、日本も含む外国人デザイナーの活躍も目立つようになりました。
1961年から、「ミラノサローネ」の前身である「サローネ家具見本市」が開催され、
1967年には海外から出展者を招き、家具の国際見本市となりました。
③1970年・1980年代 「ラディカル建築運動」と「ポスト・モダンデザイン」
1960年代後半から国の文化政策を批判し、
民主的な運営を訴えるアーティストや若者が抗議活動を盛んに行いました(「ラディカル・建築運動」)。
イギリスやアメリカの「ポップアート」は彼らに強い影響を与え、
広く受け入れられるようになりました。
そんな当時の社会情勢から、ミラノ・トリエンナーレやコンパッソ・ドーロ賞も、
数年間活動を停止します。また1973年の世界石油危機により、イタリアの経済は低迷していきました。
しかしながら、ラディカル・デザインを取り入れた製品づくりは社会の新風となりました。
ミラノのデザイナー集団「メンフィス」は、
鮮やかな色彩や既成概念にとらわれないデザインで世界を魅了し、一世を風靡しました。
1980年、「ベネチア・ビエンナーレ」において、初めて建築部門が置かれ、
パオロ・ポルトゲージにより「ポスト・モダン宣言」がなされました。
④1990年代以降 「モダン・クラシック」と多様なデザイン
冷戦の終焉と民族間の闘争、グローバル化、環境問題、インターネットの普及など、
世界は様々な課題に直面するとともに、多様性や地域性が認められるようになりました。
そんな中で、古典的なものと現代的なものを調和させた「モダン・クラシック(クラシック・モダン)」が生まれ、個人がそれぞれの環境や好みに合わせて、生活空間を演出できるようになりました。
技術分野においても、古くから伝わる職人の伝統的なもの作りに、新たな素材やテクノロジーの導入が加わり、革新的な新製品が世に出ていきました。
イタリアでは、ミケーレ・デ・ルッキ、アントニオ・チッテリオ、エンリコ・バレリなど、
現在も第一線で活躍するデザイナーたちが業界をリードしています。
この時代以降は、デザイナー独自の価値観やコンセプトが市場にそのまま受け入れられるようになりました。
3. まとめ
今回は、デザインの国イタリアの「椅子」がテーマでした。
皆さんがお好みのデザインはありましたか?
イタリアはこれまで時代の流れに影響を受けつつも、
デザイナーの感性と職人の手仕事が見事に結集した製品を世に送り出してきました。
これらの洗練された美しさや、はっと目を引く個性的な様相や色使いは、
日本の伝統的なデザインとはまた違った魅力を感じることができます。
しかしそれだけではありません。
機能や心地良さ・環境など、イタリアンデザインはあくまでも、
「使う人を中心に据えたもの作りをしている」ということが大切なポイントです。
皆さんも、イタリアのデザインからとっておきの一脚を見つけてみませんか?
〈参考文献・サイト〉
◇佐藤和子.『「時」に生きるイタリア・デザイン』.三田出版会.1995年
◇フローレンス・ド・ダンピエール.『椅子の文化図鑑』野呂影勇監修,山田俊治,三家礼子,落合信寿,小山 秀紀訳.東洋書林.2009年
◇株式会社デュウ.『世界の最新チェアデザイン-Newest Chairs-』.トーソー出版.2006年
◇萩原健太郎.『ストーリーのある50の名作椅子案内』スペースシャワーネットワーク.2017年
◇ASSOCIAZIONE PER IL DISEGNO INDUSTRIALE
https://www.adi-design.org/disposizioni-generali.html
◇Salone del Mobile.Milano
https://www.milanosalone.com/
◇La Triennale di Milano Fondation
https://triennale.org/